2月

 去年は仕事で忙しくて、何かをしようにもする気が起きず、むしろ出来なかったと言ってもいい。だんだんと自分のこれまでやって来た仕事の量を考えると「よくもまあ、死なずにやってこれたものだ」と我ながら感心してしまう。今は、新しく人も増えて、分散して仕事が出来るようになったから、自分の時間を作ることが出来た(というより、取り戻したと言った方がいいのだろうか)。

 大きな出来事と言えば、引っ越したことだ。東京の水辺のどこかに引っ越したわけだけれど、自分の住処を持つというのは素晴らしいことだ。自由にすることが出来る。だからと言って、めちゃくちゃな生活を送っているわけではない。自炊はしないが、洗濯をし、掃除をし、そして時々、体を鍛えている。健全な身体にしか、健全な魂は宿らない、なんて事を誰かが言ってて、その言葉が僕の独り暮らしの生活を支えている。

 今更、そして突然ではあるが、2月に僕が触れたものを自分の為だけにまとめたいと思う。

 

1. 映画


「バーニング 劇場版」予告編

 

 村上春樹の短編「納屋を焼く」が原作となっている、イ・チャンドン監督の映画バーニングを観に行った。韓国の田舎に住む青年と幼馴染、そして謎を秘めた金持ちの三人が主な登場人物で、「僕は時々、ビニールハウスを燃やしています」と金持ちが言うように、映画の中で起こることすべてが謎に包まれていて、観客に「何かが起こるのではないか」という緊張感を最初のシーンから最後まで与えていて、とてもスリリング、そして面白かった。ビニールハウスを焼くことに何の意味があるのか分からないが、予告編でビニールハウスが燃えているシーンが映っているが、僕はあのシーンが一番好きかもしれない。あの炎の中に、心の静謐が宿っているような気がする。

 


トニー滝谷

 

 近くのTSUTAYAトニー滝谷があるのを知って、借りてみ観た。こちらも村上春樹の小説が原作なんだけれど、小説で読むと突飛に見えたシーンや行動が、映像として見せられると妙にリアリティを感じさせるものだなと思った。彼女の洋服だらけの衣装部屋で独り空虚に座るシーンは胸を打つものがあった。孤独な人生からの解放、そして再びの孤独。一人の男性から、このように思われたら、女性はどのように思うんだろう。聞いてみたいな。

 


Drifting Clouds _ Lajunen wants to drink

 

 アキ・カウリスマキの映画は、ぶっ飛んだ設定や乾いたセリフも好きなんだけど、とにかく、静かで、雲の間から太陽の光が柱となって地上に降り注ぐような、神秘的な光、色の効果がとても好きでついついそちらの方を注目して観てしまう。

 

2. 本

Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち

Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち

 

  村上春樹の翻訳、アメリカ進出に関わった編集者達の(主にアルフレッド・バーンバウム、ジェイ・ルービン、エルマー・ルーク) 文芸ドキュメントである。編集者のあちらこちらへの奔走劇は読んでいて面白いのだけれど、村上春樹アメリカで評価を得るまでの間、日本の知られた作家と言えば、谷崎潤一郎川端康成三島由紀夫のビックスリーで、以降ポッカリと穴が空いていだというのが驚きだった。村上春樹の『職業としての小説家』と合わせて読むと、村上春樹と編集者達のアメリカ進出へのそれぞれの視点が得られて面白い。とは言っても僕はこの本の村上春樹のプロ意識の高さに感動したのだが。

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

 

 英語圏で、1993年Knopf 社にて編集、出版された短篇選集『The Elephant Vanishes』の日本語版。英語圏での短編小説集の出版劇を、先程の本で読んでいたから、どんなものかと興味を持って手に取った。どれも面白いのですが、英語圏で期待される村上春樹像が凝縮されており、本のタイトルにもあるように、ある日突然、動物園から象とその飼育係が消滅するという、あり得ない出来事が起こる小説が沢山載っている(もちろんそうではない、まったくもって意味の無い、書く必要は無いが、知っていたら面白いと思える小説もある)。僕が好きなのは、「中国行きのスロウ・ボート」「眠り」「パン屋再襲撃」「踊る小人」「納屋を焼く」ですね。