ポール・オースター「冬の日誌」

冬の日誌

冬の日誌

今年初めて読み終わった一冊がポール・オースターの「冬の日誌」だった。仕事で疲れすぎて、読むのに1ヶ月かかった。それはさておき、ちょうど冬だし、じっくり物事を考えるにはいい季節だ…そんな想いに駆られて手に取ったこの一冊。僕は結構、好きだ。オースターの身体を通した人生の記憶が綴られているのだけれど、なぜかこの本を読むと自分の記憶も呼び起こされるから不思議だ。これまで、奥の奥の方にあった記憶が、ぱっと浮かんで、懐かしい気持ちになり、そしてまた記憶の棚にゆっくりとしまわれていく。

小学生の頃(その日はとても良く晴れた1日で雲一つ無かったし、洗濯物がゆらゆらと揺れていた)弟と近所の小さな公園でキャッチボールをしていた。その帰り道に、一羽の蝶々がひらひらと目の前を飛んできた。弟はその蝶々を見つけるなり、捕まえようと手を伸ばしたりして、追いかけたりしていたが、突然、弟が消えていなくなった。だんだんと、その状況が分かってきた頃には、弟は血だらけで誰か知らない人に担がれていた。弟は蝶々を夢中で追いかけていた為に、右から来た乗用車に跳ね飛ばされてしまったのだった。

「お前が見てなかったから、こんな事になったんだろうが!」と、運転していたおばさんが僕を怒鳴りつける。僕は、なぜか冷静で、家に帰り父さんに「弟が大変なことになった」と言った。弟を玄関で横に倒し、止血をしながら、救急車を待った。弟を引いたおばさんは、なおも僕を責め続け「お前が見てないからだろ!」と怒鳴り続けた。滅多に感情的にならない父さんがその時ばかりは頭に来たのか、しかし、冷徹な声で何かを喋り、おばさんはようやく黙った。手術が終わり、母は病院に止まり、僕と父さんは家に帰った。その日の夜、僕はショックのあまりなかなか寝つけなかった。それを察したのか、父さんが僕の方を向いて「今日はマクドナルドの、期間限定のフィレオフィッシュがどうしても食べたかったんだけどな。弟が良くなったら食べに行こう。」と言った。僕はなぜか、その言葉にとても勇気づけられ、安堵し、ゆっくりと眠ることができたのだった。