ポール・オースター「偶然の音楽」

 

偶然の音楽 (新潮文庫)

偶然の音楽 (新潮文庫)

 

 

 ポール・オースターの「偶然の音楽」を読了した。ポール・オースターはとても好きな作家で、これまでも何冊か本を読んできたけれど、この本もとても面白かった。話しの内容としては、主人公ナッシュの元に父親の遺産が転がり込んできて、そのお金で赤いサーブの車を買い、アメリカ大陸を縦横無尽に走り回り、お金も少なくなってきたところで、ポーカーの天才ポッツィに出会う。ポッツィの話によると、これから億万長者の家で賭事をする予定で、主人公のナッシュがある種のスポンサーとしてポッツィに付く。それから色々な出来事が起きて、二人は野原でアイルランドのかつては城を形成していた石を使って、壁を建設する仕事に従事する(というよりむしろ、せざるを得なくなる)。最後のシーンは衝撃的で、色々な解釈の可能性を残して終わる。

 この物語は、ナッシュとポッツィの友情の話としても面白いし、孤独な人間の内面を描いている点でも素晴らしい作品だと思う。とりわけ、壁作りのシーンに至っては、生と死、そしてそこからの再生を象徴させるような展開を想像できるのだけれど、そうでもあるし、そうでもないかのような物語が描かれている。とにかくまあ、色々な解釈の可能性をあちこちに落としていくような話だった。

 

話しは変わる。

 

 世間はきっと、カズオ・イシグロの話で持ちきりなんだろう。あの日、会社から家に帰り、リビングに入ると母さんが「カズオ・イシグロノーベル文学賞を取ったんだって。あんたの部屋に何冊もあったよねえ」とすぐに話しかけてきた。続けて「長崎出身なんだって?」と母は言い、「長崎生まれだけど、イギリスの作家だよ」と僕は答える。「でも、すごいな日本人」「いや、イギリス人だよ」と話はいつしか日本人なのかイギリス人なのかに移っていった。まあ、両親は長崎出身だし、僕も生まれは長崎なのだから、少し嬉しいけれど、カズオ・イシグロはイギリスの作家だ。これは間違いない。

 かくいう僕はカズオ・イシグロは好きだし、友達から「どの作家が好きなの?」って言われたら真っ先に「カズオ・イシグロ、かな?」って答える。友達には「わたしを離さないで」を半分冗談で、半分シリアスにプレゼントしたりすることもあったし、「日の名残り」を渡すこともあった。プレゼントに本を渡して、キザに思われようが、そんなことはどうでもいい。とにかく、どこか遠くに行ってしまう人にはカズオ・イシグロを読んで欲しいのだ。読めば、きっと分かる。

 

いつか、こんな書き出しで始まる本が出ることを祈る。

 

「どうしてこの本を渡してくれたの。」

「それはきっと、本の中に書いてあるよ。」