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本屋にて

僕はとにかく本屋以外の店には行かない人間である。多少、洋服屋にも行ったりするのだが、どうしても居心地の悪さを感じてしまってすぐに出てしまう。「いらっしゃいませ」とか「どのような洋服をお求めですか?」とかそういう声をいちいちかけられると、緊張してしまうのだ。店側からしたら、あれこれと手を取って洋服を眺めてる客がいたら、何かを買うつもりなのだろうと思う(当然だ)。でも僕は、なんの目的もなしにふらっと寄ってしまうものだから、「何を買いにきたの?」的な声かけや視線を浴びると、居心地が悪くなってしまうのだ。まして手を取ったりでもしたら「ご試着はいかがですか?」なんて事になって断れずに、試着室にまで行きかねない人間である。「少し、迷ってるんですよ」なんて答えたりしたら、店員もガッカリするんじゃないだろうか。あるいは失望してしまうかもしれない。

 
というわけで、僕は本屋に行く。大型ショッピングモールに行ったとしてもとりあえず本屋に行く。ズラーっと並んだ洋服店は一切無視して、本屋に行く。旅行先でも本屋を見つければ入る。たとえそれが京都であろうと、北海道であろうと、本屋さえあれ寄ってしまうのだ。
 
なぜかと言われても困る。
僕にとって居心地が良いから、理由はそのくらいなもんである。「いらっしゃいませ」もなければ、「どんな本をお求めですか?」もない。好きな時に入って、好きな時に出ていける。まるで猫があちこちの家を移動するかのように。本を手に取ったとしても、店員からあれこれと聞かれたりもしない。この本のどこが素晴らしくて、新作で、どんだけ売れてて、流行していて、とかそういうのだ。
 
本棚に並べられた本を手に取っても誰も気にしないし、店員も見ていなければ声もかけない。だから、本屋に寄るのだ。心の平穏を取り戻すために。大型ショッピングモールに行くと、嫌というほど人が沢山いる。若いカップルや夫婦や子ども連れの家族や学生やら、とにかく色々だ。人々が何かをぶつぶつ喋り合いながら通り過ぎていく。ある人は愚痴を言い、ある女性は彼氏におねだりし、ある人は奇声をあげている。携帯片手に前を見てない人もいる。
 
そんな中でも本屋は落ち着いている。騒いでるものもいない。奇声をあげている人もいない。黙々と本を眺め、手に取り、ページをめくり、買っていく。雑誌コーナーでも手芸コーナーでも漫画コーナーでも人は黙々と読んでいる。
 
でも時々、本を手に取って、隣にあっと驚くような可愛い女性がいたら声をかけたくなる時がある。僕の好きな作家の棚に手を伸ばして、ふむふむと何かをうなづいている姿を見ると「それ、前に読んだことがあるんだよ。良い本だったよ」なんて声をかけて、何か発展していかないかと妄想する。
 
パチン。
僕の妄想は妄想で終わる。
本棚から本を取り、レジに並び
カウンターに本を出す。
「カバーはしますか?」と店員が聞く。
「お願いします」と僕は言う。
 
「この本良いよね」
なんていう会話はない。
 
「ありがとうございました。」と言われ、僕はカバーのかかった本を脇に挟んで店を出る。
 
再び喧騒とした世界に戻る。
あれやこれやと人が言っている。
 
カフェに入る。そしてブラックコーヒーを頼み、椅子に座る。座り心地の良い、浅すぎず、深すぎない丁度良い椅子と、腕と肩と頭が絶妙なバランスの距離感を保てるテーブルに本を置いて、一呼吸する。テーブルの腕の距離感が重要なのだ。テーブルが高ければ腕は余るし、低すぎれば目との距離が遠くなってしまう。丁度良い距離感のあるテーブルとイスを用意してるカフェがあれば、そのカフェは他のどんなカフェよりも優れている。
 
というわけで、ページを開く。テーブルは低くも高くもなく、丁度良い。最初の一行を読んだ頃にコーヒーが運ばれてくる。ニコッと店員が笑う。ブラックコーヒーを啜り、ページを開く。
 
するとさっきの女性が隣の席に座る。
同じ作家の本を読んでいる。
ツルゲーネフ?まさか
 
今時の女性が、ましてや、あんな古臭い小説を読むなんてありえない。
 
ブラックコーヒーを啜る。もう一度、彼女の方に目を向ける。もう座っていない。どこかに消えてしまったのだ。
 
妄想は妄想のまま終わる。
こうして僕は、本の中へと現実逃避を始めるのだ。
どうして、ソトコトが本の特集をしたのだろう?街角の本屋からコミュニティを問い直そうとしてるのかな?わからないな。まあ、読むべき時が来たら読もう。

 

 

 

SOTOKOTO (ソトコト) 2014年 02月号 [雑誌]

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