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電車で女性が剣幕な顔つきで睨みつけてきた。

きっと目の前に座ってるこの女性は、何に対しても苛々するんだ。いつでもどこでも、彼女は苛々する才能を持っているのかもしれない。

困ったことにその苛々は自分に向かってではなく、外に向けられているのだから困ったものである。

ある時は手帳に、ある時は携帯に、ある時は本に対して彼女は苛々を発散させているに違いない。

それに年中無休で眉間に皺を寄せている。きっと休日はないのだろう。

「私の苛立ち、年中無休」という看板が顔にペタッと貼り付けられてるかのようである。こんな文章あまりに酷い、お前ってなんて奴なんだ、と思うかもしれない。

仕方ないのだ。誰だって、誰だって、電車に乗り込んだ瞬間に10秒以上睨まれ続けられたら、精神的におかしくなっちまう。どんなに鈍感な人間であっても「何かヤバイぞ」というのは察知できる。目で、耳で、鼻で、五感で、全身で。

バッティングセンターで心地の良い汗をかき、腕に溜まった乳酸菌をほぐしながら、僕は電車に乗り込んだのだ。そしたら、キリっと眉間に皺を30重くらい寄せて睨みつけてくる。

「なんで、こんなに沢山の車両があるのに、わざわざあんたはこの車両に乗って、わざわざ私の前に立つの?おかしくないかしら?」

とでも訴えるかのように。

「そんなのは知っちゃこったない。僕が先頭車両に乗るのはお決まりなんだよ。日常だ。これが僕の日常なんだ。先頭車両じゃなきゃ、最寄り駅の改札口が遠くなってしまうんだよ」と言っても聞いてはくれないだろう。

僕の声に対しても苛々するに違いない。

この動揺を抑えるために僕は鞄から本を取り出してページをめくる。だが、集中できない。同じセンテンスを10回20回と読み返した気がする。集中できないというのは、彼女の口から無音の舌打ちが聞こえてくるからだ。

チッ、チッ、チッ、チッと。
僕は本を閉じて窓の外の暗黒の虚空に視線を向ける。これなら文句はないだろう。

女性が首を捻る。
なんだ?と僕は彼女の視線の先を見る。
電車の窓が少し開いていた。
窓から彼女に視線を移すと、眉間に皺が寄っているではないか!尋常ではない。ベンチプレスでペチャンコにされてしまったかのような皺だ。綺麗なまっさらな用紙をくしゃくしゃにしたかのような皺だ。

彼女の皺を形容するとこのようになる。

「なんで開いてるのよ?それもこんなに沢山の車両があって、こんなに沢山のイスと窓があるのに、どうしてここだけ開いてるのよ?おかしくない?」

と言った風に。
こんなに書いてるんだから、さそがしあんたはこの女性に対して苛々したのね?と言われるかもしれない。

そうじゃない。苛々もしてないし、特に不快にも思ってない。ただ動揺しただけなのだ。この動揺を説明するのにこんなにまどろっこしく長ったらしい文章を書いてしまったわけなのだ。

しかし、何が彼女に苛々を引き起こすのか?というのは気になる。

「いったい何が不満なのでしょうか?」と聞きたくなったが、僕はぐっと堪えた。

「全部よ!Everything makes me very very very angry.」

きっと、こうである。
ああ、こんな文章を書くのはやめにしよう。でもついついスケッチしてしまうんだよな。いつもの癖でさ。

こころの処方箋 (新潮文庫)

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