ささやかな生活の中に小さな幸福を見つけること

農業のインターンをして、明日で丁度二週間になろうとしています。朝5時30分に起きて牛舎に行き、乳を絞り、餌をやる。作業はそれだけです。たまに子牛にミルクをやることもあります。田舎の生活は、とても短調で、変わりばえのない生活です。刺激が無いと言ったら、そうなのかもしれません。でも、僕はそうは思いません。同じ生活を続けて思ったことが一つあります。ささやかな生活の中に小さな幸福を見つけることこそ、本当の幸福なのではないだろうか、と。

僕は休むことなく2週間ずっと同じ生活を続けました。朝5時30分に起きるというのは、最初、辛くて大変なことだったけれども、慣れると大したことではありませんでした。小さな子どもが歯磨きをするのと同じです。最初こそ、面倒な事だと思っても、いつしかそれが当たり前のことになっていきます。そうこうして僕は2週間もの間、ささやかな生活を築き上げたのでした。10時半に朝食を食べます。ご飯はとても新鮮で美味しいものばかりです。体重も3キロ増えて、健康な体になりました。朝食を食べ終わった後は、コーヒーを淹れて、ソファにゆったりと座り、本を読むなり、テレビを見るなりしてゆっくりと過ごします。それ以外は、スノーモービルに乗ったり、散歩したり、まちまちです。

少し昼寝をした後、3時頃にお昼を食べ、4時からまた働きます。大体、8時半頃まででしょうか。あっという間に終わります。よく子どもの時に体験する、何かに没頭していて日が暮れるのも忘れていたあの感覚にそっくりなのです。気がついたら仕事が始まり、気がついたら終わっているのです。夜には新鮮な刺身を食べて、お腹を満たします。タコやブリやシャケ、どれも本州では味わえないものばかりです。新鮮さが、違います。一日の終わりを締めくくる晩ご飯を楽しみにしてる。なんて言ったら馬鹿にされるでしょうか。わかりません。でも僕はそれで十分です。それに仕事が終わった後のビールは格別です。お世話になっている夫婦と一緒にビール缶を開けて、「今日も終わりましたね」と言って乾杯するのです。その時が一番幸福です。同じ時間を、同じ場所で共有できたことの、喜びとでも言いましょうか。そんな感じです。たまに僕はウィスキーの飲み方をレクチャーして笑わられることもありますが、それはそれで良いです。そして、お風呂に入り、ふかふかのベッドに沈むように乗って、深い眠りに就きます。そうして、僕の一日が終わるのでした。

今日が終われば明日が始まり、明日が終われば、明後日が始まるのです。なんだ、当たり前の事じゃないか、と思うかもしれませんが、僕はそのことにとても幸福を感じるのです。なぜかはわかりません。ただ、明日も明後日も同じことを繰り返すだけです。でも、同じことの中にも小さな変化はあります。例えば、牛の乳を絞っている時に餌を与えます。昨日は元気が無くて餌もろくに食べていなかったけど、今日はしっかり食べてると気がついたときに小さな幸福を抱きます。中には悪い時もあります。それはそれで良いです。それも良き変化。良き刺激であります。今日は調子が悪い日だとか、今日はあんまり餌を食べていないなとか、熱が出てるとか、下痢してるだとか、そういうのは普段、一緒にいないとわからないものです。それに、共に生活を送っていないとそういった小さな変化にも気がつきにくくなると思います。

変化に敏感になるというのは、それだけ変わらない日常を送ってきた証拠でもあります。それは、変わらない日常の中に変化があれば、すぐに気がつきますからね、つまり、そういうことです。

個人的な話になります、僕はとても飽き性です。3日経てばもう飽きてしまいます。だから長く同じことを続けてきたという経験は、本を読むことか、文章を書くことくらいしかありません。それ意外に何かを積み重ねてきたというのはありません。ここに来て気がついたのは一つだけです。

習慣を積み重ねるのは、とても大変で、時間を必要とするが、習慣を崩すのは一瞬のことである、と。

最後のそのことだけ。僕がここに来て気がついた唯一のことです。

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