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サリンジャー 91年の真実を読んだ。

キャッチャー・イン・ザ・ライを読んでからというもの、サリンジャーの作品に魅了されてしまいました。サリンジャーの主な作品は「キャッチャー・イン・ザ・ライ」と「ナインストーリーズ」、「フラ二―とズーイ」です。この3作だけで、彼はアメリカ文学を代表する作家となったわけです。もちろんどの作品も読んでいてとても面白いのですが、やはりサリンジャーの私生活の方が僕は気になります。サリンジャーは隠遁者として、50年近くアメリカのニューハンプシャー州に閉じこもっていました。そこで彼は隠遁生活を送り続け、雑誌やテレビなど公の舞台に出ることなく頑なに沈黙を守ってきたのでした。そのせいで、彼の私生活に関して数々の噂が飛び交い、なにが真実で、なにが真実ではないのかが分からない伝説的な存在となってしまったわけです。サリンジャーファンなら誰しも彼の私生活の事を知りたいですし、とても関心を引く対象となっています。僕もその内の1人です。彼の作品よりも、彼個人についてどういう人間なのかがとても興味を引くところであります。彼の私生活に関する本はこれまでに沢山出ています。1979年に発売された「サリンジャー研究」、「サリンジャーをつかまえて」「ライ麦畑の迷路を抜けて」などなど。今まで書かれた中では、サリンジャーの娘が書いた「我が父サリンジャー」がとても面白いでしょう。しかしながら、彼に関する情報はほとんど閉ざされていて、これらの本は彼の作品や手紙、彼の友人や知人などのインタビューに基づいて書かれているため、信憑性について疑問が残ります。ですが、それもまた1つの魅力なのかもしれません。

 

去年の8月に、新たな伝記本が出版されました。ケネス・スラウェンスキーの書いた「サリンジャー 生涯91年の真実」という本です。著者はサリンジャーのファンで、「死せるコールフィールド」というホームページを開設し、サリンジャーに関する情報を載せてきました。それが晴れて本となったわけです。僕もこの本を読みました(4800円は学生の僕にとっては痛い出費ですが)。この本の素晴らしい点は、今までのサリンジャーに関する定説を踏襲しながらも、大胆な解釈の可能性を提示している点です。今まで出てきたサリンジャーの伝記本よりも優れた点を1つ挙げるならば、サリンジャーの戦争体験についての記述です。それは僕も知らなかったところです。彼は第二次世界大戦勃発と共に軍隊に志願し、第4歩兵師団としてノルマンディー上陸作戦に参加します。この本によれば、第4歩兵師団というのはかなりの激戦地で戦闘を繰り広げたそうです。そこで彼は何を見て、何を感じ、どうそれに対処してきたのかというのも記述されています。特に面白かったのが、彼が戦闘の合間を見つけてはタイプライターを引っ張りだし、小説を黙々と書いていたという点です。彼にとって文章を書くことは自己治癒としての役割を果たし、戦争体験を相対化する意味も持っていたそうです。

また、彼は諜報部隊としてナチスドイツの取り締まりを行い、ドイツ市民の中にナチが混じっていないかを調べる任務にも従事していたそうです。そんな彼の戦地での姿を想像するなんてちょっと考えられないですね。終戦後、彼は「戦争で起こったことは語らないままにしておくことが、私の義務だ」と言って戦争体験について口を閉ざしていきました。その結果、彼はPTSDになってしまうわけですけどね。それでも戦争体験を下敷きにしている小説は「ナインストーリーズ」にいくつか収録されています。その他の文芸誌などで発表されたものの中にも戦争体験を書いている作品がありますが、ほぼ入手困難な状態となっております。

さて、冒頭の50年近くの隠遁生活についての記述ですが、この「サリンジャー、生涯91年の真実」にはあまり書かれていませんでした。もっぱら、彼が起こした訴訟を取り上げていました。「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の続編を書いた人を訴訟で訴えたり、サリンジャーのプライバシーを侵害した者に対して訴訟を起こしたり、そういったものばかりでした。やはり彼の生活は伝説的なのだろう、と。すこし残念でした。新しい記述が無いか期待したのですけれども。まあ、この伝説的な、神話的な、雰囲気がまたサリンジャーの良さでもあるんですけどね。でも、彼の隠遁生活を予期させる記述がまさに「キャッチー・イン・ザ・ライ」に出てきます。彼は主人公のコールフィールド君にこう語らせます。

「何もかもが気に食わない。こんな都会に住むのはうんざりだ。どこかバーモントのあたりに行って、小川のほとりでのんびり好きなことをして暮らしたいんだ」と。

まさにコールフィールド君の言ってるいることを、サリンジャー自身もやってしまうわけです。彼の半生の隠遁生活はキャッチーで予言されていたと…。また「我が父サリンジャー」に書かれていましたが、サリンジャーは自分の娘をニューヨークに遊びに連れて行くんですね。娘は、キャッチャーの舞台(コールフィールド君がニューヨークを彷徨った場所)を巡ったと記述しています。マンハッタンのセントラルパークやアメリカ自然史博物館、そして回転木馬の遊園地。サリンジャーは自分の娘を回転木馬に乗せて、遠くから見守るなど、これはまさにキャッチャーのコールフィールド君そのものです。彼のイノセンスへの憧れ。それはコールフィールド君だけでなくサリンジャー自身の中にもあったのだと。

彼の人生は芸術を模倣していた、と言えるかもしれませんね。

 まとまらないので、ここで終わりにいたします。

サリンジャー ――生涯91年の真実

サリンジャー ――生涯91年の真実

 

この本、 ちょっと高い。

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

 

ついでですが、 村上春樹柴田元幸の対談。二人とも、キャッチャーについて語り尽くしています。小説家の視点から、英文学者の視点から、キャッチャーについて取り上げています。この本も面白い。最近、村上春樹が「フラ二―とズーイ」の翻訳を出しました(すぐに買いました)。こちらも楽しみですね。

 

ちなみにフラ二―とズーイの村上春樹のエッセイがウェブで全文読めます。これも面白い。面白いしか言ってないな・・・。では。

 

『フラニーとズーイ』J.D.サリンジャー 村上春樹 訳|新潮社