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翻訳本について-光文社古典新訳文庫が誤訳だとか悪訳だとか言わせない-

読書

光文社古典新訳文庫の「地下室の手記」を読んで思ったことなんですが、翻訳本は複数の訳で出すべきだというのが僕の主張です。というのも、一つのテキストで一つの邦訳しかないとなると、解釈や読解などが限定されてしまうと思うからです。もちろん原文で読めればそれが一番良いんですが、ロシア語、フランス語、ドイツ語となると無理です(僕は英語の本しか読めません)。この、光文社古典新訳文庫が出された時には数々の議論が起きました。「誤訳だ」とか「悪訳だ」だとか、そういう類の主張がアマゾンのレビューなんかに良く書かれています。しかしながら、「誤訳だ」とか「悪訳だ」って言っている人たちは、原文を読めるくらいの語学力があるのかというと疑問です(なかにはロシア語を専攻していて、すらすら読める人もいるかもしれませんけれども)。そういった人達に、テキストのことであれこれ言われるのは腹が立つんですよね。それに僕も自分で読めないものに対しては、訳がどうのこうのと言いません。分からないから。

 

たぶん、そういった人たちは抵抗があるのだと思います。例えば、「星の王子さま」という本が出ていますよね。この本は色々な出版社から、色々な訳者が本を出しています。岩波少年文庫だったり、新潮文庫だったり、集英社文庫だったりと。どの出版社の本もタイトルは「星の王子さま」です。ですが、光文社古典新訳文庫は「小さな王子」というタイトルになっています。僕もこれを本屋で見た時は「これはちょっとなあ」という抵抗はありました。今まで慣れ親しんで来たものがあるからです。ありましたが、「これはこれで良いんじゃないか」という風にも思っています。むしろ、新しく翻訳が出来たことで本の選択肢が増えて良いんじゃないかとも思っています。1つのテキストに複数の邦訳が出ていて、あとは個人が自分の好きなのを選べば良いのではないかと。

 

それに翻訳本を新訳で出すというのはとても重要なことだと思っています。というのも、翻訳されたものは賞味期限があると思っているからです(これは、村上春樹が言っていたことでそれに僕は同意しています)。例えば、「The Catcher in the Rye 」だと、白水社から野崎孝訳で「ライ麦畑でつかまえて」と村上春樹訳の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」が出ています。僕は両方とも読みましたが、野崎訳はあまり好きではなかった。というのも、野崎訳では「Fuck you」が「おまんこ」という訳になっています。野崎訳が出ていた時は、おそらく「Fuck you」という言葉が日本社会の中であまり使われていなくて、そういう訳になったのだろうと思います。今でなら「Fuck you」は、「ファックユー」でそのまま意味が通じますよね。英語で書かれたものを、わざわざ日本語に翻訳しなくても意味が通じるようになっています。その背景にはグローバル社会的なるものがあったりするのでしょうけども僕は分かりません。とにかく、僕は野崎訳の文章に古臭さを感じてしまったわけです。最初の方に、翻訳には賞味期限があるというのはそういうことです。昔は意味が通じなかったものを無理やり日本語に置き換えてきたけれども、今はそのままでも通じるものもあるぞ、ということです。

 

光文社古典新訳文庫で一番の議論を巻き起こしたのがドストエフスキーの小説でしょう。ドストエフスキーの小説は、複数の翻訳が出ています。「カラマーゾフの兄弟」なんかは江川卓原卓也の翻訳本が出ています。光文社の方は亀山さんですね。で、僕はまだ、どの翻訳本も読んでいないのですが、江川卓原卓也の翻訳には古臭さがあるんじゃないかと思うんです。翻訳された当時の言葉で翻訳されていて、今読んでも分かるところと分からないところがあるんじゃないかと。つまり、今の時代に夏目漱石の本を読んで「こんな言葉、使わねえよ」と思うのと同じ感覚です。この亀山さんの「カラマーゾフの兄弟」は現代風に、今風に、読みやすくしてあると思うので僕が読むとしたらこっちだと思います。ま、どっちが良くて、どっちが悪いかなんてのはないんですけども。あとは好みの問題なので。

 

地下室の手記」を読んだ時に、僕は光文社の方が良いなと思いました。新潮文庫で出版されていますが主人公の一人称表現が「僕」なんですよね。一方の光文社だと「俺」です。ので、主人公の年齢が40歳前半と考えると「僕」だとちょっと若い印象があるなあと思います。それにこの小説の良さというのは、主人公の長冗舌にあると思うので「俺」で、酔いどれ感を出した方が僕はこっち側がイメージとして合っています。それに自意識がこの小説のテーマでもあるので、「俺」とした方が、自意識過剰っぷりが出るようにも....。

 

まあ、好みの問題ですけどね。僕がちょっと思ったことをここに書きました。

終わり。

 

地下室の手記(光文社古典新訳文庫)

地下室の手記(光文社古典新訳文庫)

 

 安岡訳。

地下室の手記 (新潮文庫)

地下室の手記 (新潮文庫)

 

 江川訳。