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僕はいわば現象のストーカーのようなもの。

リビングに行くと母がクリスピードーナツの箱を手に持っていた。チョコレートの塗られた甘ったるいドーナッツを口に頬張りながらこう言う。

 
「早く食べないと、ドーナッツ溶けちゃうしなくなっちゃうよ!」
 
僕はこれをずっと覚えているだろうと思う。家にいるとたった30秒前のことなのに懐かしく思えてしまうんだよな。あの時、こんなことがあった、あんなことがあったなんて思い出してさ。
 
思えば僕は物に対する執着心ってあまりないような気がする。でも出来事については、ものすごおおおおおく執着心がある。いままさに消えようとしている出来事や現象を見るたびに、さっとポケットから携帯を取り出してメモを取る。メモを取っておいて、あとで読むのである。おかけで僕のメモ帳は2年間に渡るメモで一杯になってしまった。
 
2012年、7月
 
ダックスフンドを連れた小さな女の子が、足に紐が絡まり転ぶ。
 
2013年、11月
 
海岸沿いを老夫婦が歩いている。じいさんの方は車椅子で、ばあさんが押している。仲睦まじい。浜辺に犬を連れた若い夫婦がフリスビーを飛ばしている。その奥には、サーファーの頭が三人分浮かんでる。
 
2014年 2月
 
物凄い雪だ。鳩も雀も足を休めるところなんて無いんじゃないかな。そのくらい降ってる。
 
僕はこれを読んで、その時の雰囲気や空気をありありと思い出すことができる。頭の中に映像が映画のワンシーンみたいにパッと浮かぶ。でも読み返すと、虚しくなってくるんだよなぁ。もう戻れないというか。
 
 
とにかく、こんな感じで僕のメモ帳は埋めつくされている。何のためにメモを取ってるのか自分でも分からないくらいに。いわば、写真家のようなものだ。時間が延々と流れていく中で、写真家はシャッターを押すことで時間を記録する。100分の1秒かの世界を一枚パシっと撮る。まるで目の前の時間を切り取るみたいに。僕もそれと同じように、時間を記録していく。写真ではなく、言葉で。
 
それだけだ。
 
2014年 5月
 
しばらくぶりに前の彼女から連絡が来る。「飲みに行きましょう。」とのことだった。お酒を飲む。顔が赤くなる。緊張して手汗が流れる。こんなんだから…いや…やめておこう。
 
雨が降る。通り雨だ。
「傘必要かな」
「すぐ晴れるさ」
「うーん、やっぱり買うことにする」
 
僕と彼女は本屋に行って、ビニール傘を一つ買った。本屋を出る頃になって、彼女がしおりを渡してきた。
 
「洒落てたから、二つ貰って来ちゃった」
 
「ありがとう。ちょうどしおりが無くて困っていたところなんだよ」と言って、鞄から本を取り出し、しおりを挿む。
 
「あーあ、折れちゃったじゃない」と言って、彼女は自分のと、僕の折れ曲がったしおりを交換する。
 
 
テーブルの正面に彼女が座ってる。焼き鳥を口に放り込んでいる。リスのようにほっぺたが膨らんでいる。
 
「言い方が悪いんだけれども、ちょっとふっくらした?」
 
「失礼よ!私だったから良かったものの、他の人にはそんなこと言っちゃダメよ」
 
(これが、デリカシーという奴なんだな…ごめんよ、デリカシー無くて…)。
 
ドーナッツ買って、カラオケに行って、帰る。
 
「またね」と彼女が言う。
「また!」と僕が言う。
 
まったく良い夢を見させて貰ったよ!
 
結論。
僕は、てんでダメな奴だった。