文学少年だった村上春樹はなにを読んでいたのだろう?(前編)

いつかまとめたいと思っていた村上春樹氏。僕は19歳の時に読んだ「ノルウェイの森」に衝撃を受けて以来、ずーっと彼の作品やエッセイ・紀行文、インタビュー集などを読み続けて来ました。僕は村上春樹のファンです。彼は、デビュー作である「風の歌を聴け」から最新作「女のいない男たち」まで、とても面白い作品を書いて読者を楽しませてくれます。ええ、僕はもっと村上春樹のことを知りたい。というので、最近は彼に影響を与えたであろうアメリカの作家や彼の手掛けた翻訳本を読んでいます。今日は彼がデビューするまでのちょっとしたエピソードや、彼が少年・青少年時代にどんな本を読んでいたのかまとめたいと思います。

風の歌を聴け

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

 

彼は1979年、「風の歌を聴け」で群像新人賞を取り作家としてデビューしました。彼は小説を書こうと思ったことについてこのように語っています。

僕は二十九になって、とつぜん小説を書こうと思った。僕は説明する。ある春の昼下がりに神宮球場にヤクルト=広島戦を見に行ったこと。外野席に寝転んでビールを飲んでいて、ヒルトンが二塁打を打った時に、突然「そうだ、小説を書こう」と思った。そのようにして、僕は小説家になった。*1

とつぜん。と言っていますが、そのちょっと前のページに彼は「学生時代には映画の脚本が書きたかった」と語っていました。そういう決意の下、彼は早稲田大学の映画演劇科に入学。大学時代に彼は映画の脚本を読み漁っていたそうです。村上春樹の小説の特徴の一つに会話の軽快なリズムがあります。それに加えて、哲学的で雄弁なセリフの数々。それらは大学時代の下地から生み出されたのかなぁと僕は個人的に思っています。んで、この小説の受賞が決まった時に、担当者から「君の作品にはかなりの問題がある」*2と言われたそうです。それってちょっと無いですよね...。しかし、それだけ彼の作品が文学界に脅威をもたらしたということなのかもしれません。

村上春樹カート・ヴォネガットブローティガン

村上春樹ファンなら、彼がアメリカや海外の小説から影響を受けているというのはご存じのはず。デビュー作「風の歌を聴け」の選評では、丸谷才一さんがこのように述べています。

村上春樹さんの『風の歌を聴け』は現代アメリカ小説の強い影響の下に出来あがつたものです。カート・ヴォネガットとか、ブローティガンとか、そのへんの作風を非常に熱心に学んでゐる。その勉強ぶりは大変なもので、よほどの才能の持主でなければこれだけ学び取ることはできません。*3

現代アメリカ小説。村上春樹カート・ヴォネガットブローティガンについて「こういう小説もありなんだ」と語っていて*4、「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」にかなりの影響を及ぼしたとインタビューに答えていました。「考える人」のインタビューで紹介されていたのは、ブローティガンの「アメリカの鱒釣り (新潮文庫)」、カート・ヴォネガットの「スローターハウス5 (ハヤカワ文庫SF ウ 4-3) (ハヤカワ文庫 SF 302)」、「チャンピオンたちの朝食 (ハヤカワ文庫SF)」でした。

文学少年村上はどのような青少年期を送っていたのか。

村上ラヂオ2: おおきなかぶ、むずかしいアボカド (新潮文庫)」の「本が好きだった」というエッセイで、村上少年のことが書かれていました。

10代の頃は本がなにより好きだった。学校の図書館に箱入りの新刊が入ると、司書の女性に頼んで不要の空き箱をもらい、その匂いをくんくん嗅いでいた。それだけで幸福だった。そこまでマニアックに書物に惹かれていた。

なんか、そこまで行くと文学変態のような...。彼の両親はともに国語の教師であったらしく、その事も村上春樹に小説の世界の扉を開かせた一つのキッカケだったのかもしれません。絶版本ウォーク・ドント・ラン―村上龍vs村上春樹には、このようなエピソードがありました。

うちのおやじとおふくろが国語の教師だったんで、で、おやじがね、とくにぼくが小さいころね、『枕草子』とか『平家物語』とかやらせるのね。でね、もう、やだ、やだと思ったわけ。それで外国の小説ばっかり読み始めたんですよね。でも、いまでも覚えてるんだね、『徒然草」とか『枕草子』とかね、全部頭のなかに暗記してるのね、『平家物語』とか。食卓の話題に万葉集だもの。

両親の古典教育が、村上春樹少年を海外の小説へと向かわせたのですね。村上少年の中に文学的反抗期が起き、海外の小説を読むようになった。なんだか、そういう反抗の仕方もあるんだなぁと思ってしまいます(笑)。その後、彼はツケで本を買うことを両親から許され、河出書房の「世界文学全集」と中央公論社の「世界の歴史」を一冊一冊読み上げていったみたいです。*5

もちろん匂いを嗅ぐだけではなく、読むことも読んだ。各種の文学全集を片っ端から読破した。高校時代を通して、僕よりたくさん本を読む人に巡りあったことがない。

 と、村上春樹は語っています。凄い自負心。「辺境・近境 (新潮文庫)」の「神戸を歩く」というエッセイでは、小学生時代に近くの図書館に通い色々な種類の少年向きの本を片っ端から読んだというエピソードもありました。彼はどんな本を読んでいたのでしょう?それは「考える人 2010年 08月号 [雑誌]」に書かれています。

 ー「雨月物語」なんかもそのころからお読みになっていたんですか。

村上 そうですね。物語、お話というのがすごく好きだった。ジュール・ヴェルヌの「地底探検」や「海底2万マイル」、シャーロックホームズにセーヌ・ルパン、いわゆる、ああいうお話。それからデュマの「三銃士」や「モンテ・クリスト伯」、「レ・ミゼラブル」みたいな、圧倒的におもしろい物語。

なるほど。僕も「レ・ミゼラブル」は流行に乗っかってこの前読みました。コゼッタがとにかく可愛いんですよね、うん。今度、本屋に行って少年文庫買ってきます。

そして、海外小説へ。

「どうして英語の本を読むようになったのですか」という質問に村上春樹は「他の人と別のことをしたかったからかもしれない」と語っていました。

神戸の三宮センター街という目抜き通りに古本屋が何軒かあって、英語のペーパーバックを箱に放り込んで10円、20円で売ってたんです。何しろ安いから、もう買って読むしかないという感じでした。

中学高校時代に19世紀の文学を通過した村上春樹は、アメリカのハードボイルド・ミステリー(おそらくレイモンド・チャンドラーでしょう)、サイエンス・フィクションとか、そういうサブカルチャー的な本に積極的に向かうようになったとインタビューで語っています。

ロス・マクドナルドとかエド・マクべインとかロバート・シルヴァーバーグとかまとめて読みました。その延長でブローティガンヴォネガットに出会ったんです。

全然、知らない作家です。うーん、僕もまだまだですね。彼の文学的体験を追体験せねば....。次は村上春樹サリンジャートルーマン・カポーティ、スコットフィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァ―、チャンドラー、ジョン・アーヴィングとの関係を見ていけたら良いなあと思っています(いつか、更新します)。

参考文献

やがて哀しき外国語 (講談社文庫)

辺境・近境 (新潮文庫)

ウォーク・ドント・ラン―村上龍vs村上春樹

村上朝日堂 (新潮文庫)

考える人 2010年 08月号 [雑誌]

村上少年が読んでいた本

ブローティガン

アメリカの鱒釣り (新潮文庫)

カート・ヴォネガット

スローターハウス5 (ハヤカワ文庫SF ウ 4-3) (ハヤカワ文庫 SF 302)

チャンピオンたちの朝食 (ハヤカワ文庫SF)

全集

池澤夏樹=個人編集 世界文学全集【全30巻】(昔の探すのめんどい)

世界の歴史〈1〉人類の起原と古代オリエント (中公文庫)

古典

平家物語」、「万葉集」、「徒然草」、「枕草子」、「雨月物語

少年文庫

海底二万里 (創元SF文庫)

三銃士〈上〉 (岩波文庫)

モンテ・クリスト伯(全7冊セット) (岩波文庫)

レ・ミゼラブル〈上〉 (岩波少年文庫)

地底旅行 (岩波文庫)

他、ロス・マクドナルド、エド・マクべイン、ロバート・シルヴァーバーグ

 (探すのが面倒でした)。というより、こんなに本読めなくね?

文学夜話

ところで、-僕は一つの仮説を持っているのですが-彼は古典文学を暗記していると言っています。古典というのは、物語にある種のパターンがあり、その事は神話学者のジョーゼフ・キャンベル - Wikipedia神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)という本で述べています。彼によれば、神話と古典の構造を持った作品こそが、世界中でヒットし、残り続けるのだと彼は言っています。ということは、村上春樹が世界的にヒットしているのは、彼の作品の数々が、この神話の構造や古典の構造に-意識的か無意識のうちに-近いのではないかと僕は思っています。なぜなら、彼が古典文学を暗記しているからです。

*1:やがて哀しき外国語

*2:村上ラジオ、p106

*3:1979年、群像6月号

*4:村上春樹、ロングインタビュー

*5:村上朝日堂