読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

一人親家庭

そういえば、最近こんな本が出た。

ひとり親家庭 (岩波新書)

ひとり親家庭 (岩波新書)

一人親家庭の貧困(統計データによると50%以上が貧困の下で暮らしている)が問題となっていて、この本はその入門書となっている。その50%のうち傑出して高い貧困世帯は、母子家庭である。では、母子家庭が貧困に陥るメカニズムはどのようであるのかを簡単に述べると、

結婚→出産を期に退職→離婚あるいは死別→キャリア形成の期間を育児に要したせいで再就職も出来ず→複数のパートを掛け持ちする→ワーキングプアというものだ。

もちろん貧困に陥るメカニズムの中には、育児休暇や産休制度の不整備、離婚後の養育費の未払いや社会保障制度の不備、家計における私的教育費の負担度など複合的な要因が絡み合っている。またその他、労働やジェンダーまで裾野を広げると非常に解決しにくい問題である。

そもそも男性優位の資本主義システムが母子家庭の貧困を悪化、再生産させているようにしか僕には思えない。ジェンダー的役割の強制性が貧困世帯をさらに窮地に立たせている。もはや、近代に成立した男は外で働き、女性は家事・育児を行うという家族モデルは通用しなくなっている。しかし、企業のシステムはこのようなジェンダー的役割を基に形成されているため、女性が育児をしながら働くというスタイルは考慮されていない。

近代家族の成立と終焉

近代家族の成立と終焉

それに加え、利潤追求を第一課題として置く企業にとっては、産休や育児休暇はコストとしか計上していない。もちろん、裏には企業型福祉にどっぷり浸かってきた公的社会保障制度の不備がボロボロと出ているのが現代の貧困の主要因である。公的社会保障制度もジェンダー的役割によって形成されている。第一、児童扶養手当は、主収入の父親の存在を仮定して作られているのではないか。それに、子どもの栄養を満足させるという戦後制度設計を現代まで驚異的に維持している。異常である。絶対的貧困観から相対的貧困観への転換は起こっていない。むしろ、絶対的貧困観のままで良しとする見方が強いようだ。それは、生活保護制度のバッシングを見てて思う(社会保障制度は、生活保護制度を基に制度の変更、設計が行われている)。

もちろん、修学援助制度なんてものがあるし、でも、その制度を使うとなるとバイアスが凄い(あそこの家庭は、貧乏で、給食費も払えないから修学援助制度を利用してて、それは私たちの税金から出てるのよ、 働きなさいよ、もっと働きなさいよ、働きなさいよ、働きなさいよ、働きなさいよ、働きなさいよ)

とにかく、これまで社会保障制度の不備を埋めてきたのは、ジェンダー的役割を考慮した企業型福祉制度であった。しかし、今日においては、その企業型福祉制度さえ危うくなりつつある。それに加えて、近代家庭の崩壊がある現状の中で、ジェンダー的役割を一貫して保持しようとする企業型福祉制度や不整備な社会保障制度では貧困母子家庭を救いだすことが出来ない。

めちゃくちゃだ。
書いてて何を言いたいのかわからないくらい問題が複雑に絡み合い、おかしくなっちゃってる。僕の頭が悪いのは否定出来ないが、それを考慮しても貧困問題をどうするかという問いに対してはカオスにならざるを得ない。
めちゃくちゃだ。

社会的排除と企業の役割―母子世帯問題の本質

社会的排除と企業の役割―母子世帯問題の本質

俺だったら、首を吊るね。