貧乏は、選ぶことができない。

何もすることがない。卒業論文を提出した今となっては、差し当たっての目標というものがない。思えば、9月から12月の第一週までは苦しかったけれども、それなりに充実した日々を送っていたのではないかと思う。僕が書いた論文(所詮、文系の学部生が書いたお粗末なものだ)が、どのような評価を与えられるのか、少し気になる。テーマは、大学生の貧困を取り上げた。教育社会学の分野では、階層と学力との関係や、階層と社会的地位の関係といったものがかれこれ20年前近くから指摘されており、その代表的な研究者に苅谷剛彦本田由紀なんかがいる。例えば、社会的地位が高い家庭や高学歴の家庭に生まれ育った子どもは、社会的地位も学歴も高くなるということが指摘されてきたわけだ。裏を返せば、貧乏の家庭に生まれた子どもは、その後の生活において、貧乏から抜け出すことは難しいということが言えるのかもしれない。代表的な本と言えば(前にも紹介したが)

階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ

階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ

不平等社会日本―さよなら総中流 (中公新書)

不平等社会日本―さよなら総中流 (中公新書)

教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ (ちくま新書)

教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ (ちくま新書)

若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて

若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて

なんかがある。他にも20冊くらい読んだが挙げていくとキリがない。

で、調べていくうちにここ15年から20年の研究や論文で、大学生を扱ったものはあまりなかった。そこで、一つの仮説を提示しようと思った。それまでに至る経緯を説明するのはかったるいのだが、単純化して言えば「親の経済力による差が、大学生の生活に差を生み出し、学業に差を生み出し、就職にも差を与える」というものだ。学生間の差というものを僕は提示したかった。もちろん、一つのキャンパス内には金持ちの学生もいれば貧乏な学生もいる。あからさまに「生活が苦しそう」な学生が存在しているのにも関わらず、教育の現場ではあまり問題にされなかった。専ら、本人の態度だけが問題にされてきた節があった。一つの象徴的出来事としては「アルバイトばかりしてなんで授業に出ないんだ?」という教員の愚痴について腹が立った。

「いやいや、彼は地方出身の学生で、仕送り額もあまりないですし、アルバイトして生活費を稼がなければならないのだと思います。もしも、彼に生活費があったのなら、学業がおろそかになるくらいまでアルバイトをしないはずです。もしかしたら、自分で学費を払っているかもしれません。お金持ちと比べて、その学生を同列に扱って苦しませないでやってください」

と、その場で言いたかったが、グッと抑えて卒論で書くことにした。手法としては、学生生活実態調査のローデータを手に入れて、それをポチポチとエクセルに打ち込んでいった。全ては、生活に困窮している学生の人数を把握するために。

ま、そんなことを9月から12月までやっていたわけです。苦しかったけれど、楽しかったし、充実した日々を送っていた。さて、書き上げたあとが問題になるのだが…。

僕はわけあって「学生時代に何に力を入れて来ましたか?」と、とあるお偉い方に言われたことがあった。「子どもの貧困について取り組んできました」と言うと、その人は「そんなものが日本に存在してるわけない。日本は先進国の中でも社会保障がしっかりしてるし、みんな平等だ。そんなものが存在してるなんて俺は思わないね」とキッパリと言ったわけです。そこで僕は真っ向から批判を加えると、相手の機嫌を損ねてしまうので「確かに、そうお思いになるのも仕方ないかもしれません。貧困というものは、繊細で、扱いにくく、主観的なものです。ある人にとっては、貧困だと思われる状態も、またある人にとっては、貧困ではないと考えるかもしれまけん。発展途上国の貧困を基準に考えておられる方にとっては、先進国における貧困なんてものは、貧困ではないとお考えになるでしょう。しかし、果たして時給850円で朝から深夜まで16時間も働き続けている母子家庭の母親は、誰の目から見てはっきりと『貧困』ではないと言えるでしょうか。」と言うと、そのお偉い方は腹を立て「そんなものは、データのカラクリに過ぎない。一部を取り上げれば、まるで、それが全体であるかのような印象を与えてしまうものだ。そのような家庭は日本では極僅かに過ぎない」と、言ったのでした。やれやれ…と思い、僕はそれ以上、相手にはしませんでした。話をして通じる相手ではないと思ったからです。本を幾つか紹介してみましょう。

子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)

子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)

子どもの貧困II――解決策を考える (岩波新書)

子どもの貧困II――解決策を考える (岩波新書)

子どもに貧困を押しつける国・日本 (光文社新書)

子どもに貧困を押しつける国・日本 (光文社新書)

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

700円〜800円で買えます。いずれも入門書ですが、確固たる統計データが紹介されています。もうかれこれ7年前くらいの本もありますし、最新の研究ではもっと発展しているでしょう。むしろ、このような取り組みによって「子どもの貧困対策法」が制定され、現在、大網を作っている段階です。

子どもの貧困対策の推進|政策統括官(共生社会政策担当) - 内閣府

参考になるサイトとしては、

日本教育社会学会

CiNii Articles - 教育社会学研究

貧困統計ホーム - hinkonstat ページ

などなど。他にも総務省のホームページには調査資料や統計データが見れます。しかも、タダです。こういうのは使わない手はないですよね。僕も一度、足を踏み入れてしまった手前、定期的に新しい調査がないか見たりします。

ですが、時々、しんどくなってきます。統計データから、数々の悲劇、を読み取れるからです。「生活保護受給者が300万人になりました」と言われて、ピンとくるものがあるでしょうか?300万人という数字があまりにも抽象的で、人々の声を欠き、冷徹過ぎるとは思いませんか?僕にはそう思えて仕方ありません。相手にすべきは数字ではなく、生身の人間であり、一人一人の生活を想像することが大切なのだと思います。僕はそのようなことを考えて利用しています。

話が脱線し続けてしまいましたが、最後に生活保護の申請を支援している団体の人の言葉を最後に終わりにしたいと思います。

貧乏は、選ぶことができないんです