考えたり、学んだり、考えたり。

友人の一人に話しがとても上手い人がいる。簡潔で、明瞭で、わかりやすい。そして、これが一番重要なことだと思うのだが、彼の話には「食欲をそそるようなもの」が備わっている。この「食欲をそそるような」話ができる人というのは、そんなに多くない。 彼の話を聞けば、たちまち興味を持ち始め「ちょっと自分もやってみようかな」なんて思ってしまう。話を聞くまで、まったく興味がなかったのにも関わらず、である。だから、彼と話をするときは注意深く聞き「いったいどうしてこんなに食欲をそそるような話ができるんだろう」と、いつも考えてるし、自分もそのようなスキルを持ちたいと思っている。 他にも、日々ラジオを聴きながら「こういう時は、あんな風に返せば良いのか」と考えながら学んでる。ラジオのパーソナリティーは返しがとても上手い。ちょっと困ったような投稿がきてもマントを返すように、サラリと答えてしまう。相手に悪い印象を決して与えないというのが、素晴らしい。 こういうのは才能だよなあ、と思う。僕はそんなものとは無縁だったので、努力して、「なんとかマシ」なところまでは到達したいと思ってる。でもさ、サラリとやってのける人を見ると時々、「参ったな。もうやめちまおうか」と思うこともある。 

その一つに、英語に関する話がある。中学の頃、ちょっと有名な個人塾(新聞の地方欄に載るような)に通っていた。そこに入れば英語ができると思ったからだ。でも周りを見るにつれて僕は諦めてしまった。「1回聞いて理解できる人間」と、「10回聞いても理解できない人間」がいて、僕は「10回聞いても理解できない人間」だった。周りは「1回聞いて理解できる人間」ばかりだったし、ぼくのせいで英語の授業が遅れることに申し訳なさを感じ、やめてしまった。それから英語が嫌いになり、中学から高校まで英語になるべく触れないように過ごしてきた。 

でも、色々とまわり道をして勉強し、僕は英語を使う職業を手にすることができた。なんだか人生、よくわからないものである。

と、こんな感じで僕は不器用なので常日頃考えたり、学んだりして生きてます。

終わり。 


追伸: NHKのニュースで、左の側頭部に硬球があたり意識不明と流れていて驚いてしまった。僕は中学の頃に左の側頭部に硬球が当たったけど、何もなかった。脳を検査したけれど、なんの異常もなかった。たまたま運が良かったのかもしれない。その子とぼくの境界っていったいなんなんだろうな?って考えさせられてしまった。