ルービック・キューブラー=ロス著「禿げの瞬間」

男なら誰しもが不安を抱えている。持てないときには、このまま一生持てないんじゃないかと思い、持っている時には、いつか持てなくなるんじゃないかと考える。次の角を曲がったらそこに何が待ち受けているのかは誰にも分からない。

そんな男は、鏡に映る自分の姿を見て次のように思う。

「髪が薄くなってないか?」と。小さい頃にはまさか自分に「そんな日が」まさか来るなんて思いもしなかった。父親は禿げてる。祖父も禿げてる。でも、きっと俺だけは違うはずだ。俺だけは絶対に禿げないはずだ、という根のない確信を持っていた。しかし、いざ鏡を目の前に映る自分の頭皮を眺めていると「もしかしたら俺もいつかは」と、思うようになる。そのような心理を見事に描きだしたのが、スイスの精神科医ルービック・キューブラー=ロス著の「禿げの瞬間」だ。

 

彼女は、禿げを宣告された男が、自分が禿げであると納得するまでには段階があると考えている。怒り、拒否、取引、抑うつ、そして、受認だ。今回は、彼女の著の核となる部分を紹介しよう。

 

まず、禿げを宣告された男には怒りがやってくる。

「なんで、俺が禿げなくてはならないんだ。別に他の人でもいいじゃないか。よりによってどうして俺なんだ」と。そして、部屋にある本を片っ端から破り捨て、カーテンを引き裂き、テレビの画面を叩き割り、窓ガラスを割り、あらゆるコードを引きちぎる。バットでドアを叩きつけ、穴があくまで殴打する。それでも収まらず、自分の皮膚をつねり、爪を剥ぎ、針を刺す。

その次にやってくるのが拒否だ。

「よーく見てみろ。俺が禿げだと思っているだけで、周りから見れば全然剥げてない。まさか俺が禿げてるわけないじゃないか」と。そして、部屋にある本を読んだり、映画を観たり、テレビを観たりして、現実逃避をし始める。なるべく真剣に悩まないように。深く考え過ぎないように。しかし、禿げは禿げだ。

そして、取引だ。

「禿げないためならなんだってする。300万払ってもいい。スタップ細胞でも、アイ・ピー・エス細胞でもなんでもいい、禿げないためならなんだってする。いや、せめて45歳までにこのくらいまでの髪は残しておいて欲しい。お願いだ。なんでもするから、俺を禿げにしないでくれ」と。

しかし、禿げは禿げだった。

そして、抑うつ。深い森の中にある小屋の中で、ひっそりと息を潜める。

 

どうやってもどうにもならないことを悟った男は、ついに受認する。

「俺は禿げのまま生きていかなあかんねん。禿げの人生もそれはそれでいいかもしれない。もしかしたら、Iq84に出てくる青豆さんのように禿げの中年男が好きな女性がふと現れてくれるかもしれない。もしくは、ショーン・コネリーのような綺麗に禿げてくれるかもしれない」と。

 

死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)

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 ※僕の髪はまだあります。