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Nowhere man

昨日は大学の友人たちとハロウィンパーティーをした。僕は恥ずかしかったので仮装はしなかったけれど、とても楽しい1日を過ごした。でも、パーティの数時間前まで僕は暗鬱な気分で、混乱していた。

集合時間の1時間くらい前に大学に着いて、近辺を散歩した。僕が4年間通った大学の周辺だ。散歩をしているとやはり、胸が締め付けられるような思いがした。良い思い出もあまり良くない思い出もすべてここに置いてきたからだ。通りを歩けば、そこに染み付いた記憶が脳裏に浮かんでくる。特にその時にはなにも思わなかった風景が、まるで学生時代の重要なワンシーンとしてありありと現れてくる。あちこち歩き、僕はそんな印象的な風景に喜怒哀楽を感じていた。

初めて受けた講義の教室は誰もいなく、いつもよりしんとしていて、うら寂しかった。黒板にはチョークで「私語厳禁」と書かれていた。僕はその教室で社会学aの講義を受け、マックスウェーバーデュルケームを学んだ。しばらくその教室を眺めた後、学食に行った。学食はやけに広く、がらんとして天井のライトは半分しか点いてなかった。何人かの学生が席に座り、何事かを語り合っていたり、老人が水筒の水を飲んだりしていた。友人は誰一人としていなかった。図書館にも行った。紙独特の臭いや、蛍光灯の無機質な音や、いつも通りの司書がいた。教育社会学のコーナーにも足を運んだ。「格差、自己責任、貧困、弱者」そんな言葉が散りばめられていた。確かにあの時は「そんなのは良くないことなんだ。なんとかしなければならないんだ」と思っていたのに、今になってみるとそんなことを考える余裕もないし、もはや自分も壁側の方に取り込まれてしまったような思いを抱いた。学生時代は、壁に当たって割れる卵だと思っていたのに、いつの間にか僕は誰かにとっての壁になってしまったのではないのだろうか。そんなことを考えていると、たった半年くらい前のことなのに、何年も前のような気がするし、なんだか1人ポツンと取り残されて、もう二度とそこの時の地点には立てないんだ、と思った。

昨日は朝から散々な1日だった。というのもどこか知らない会社の奴から電話がかかってきていたからだ。休日なのに仕事をするなんてバカバカしいと思いながら対応していた。現地に無事に貨物は着くのか、書類はいつ送ってくれるのか、云々。そんなのに追われてイライラしていた僕は携帯の電源を落とし、大学の中庭で寝転んでぼんやりと空を眺めた。夏は通り過ぎ、空は高くなり、絵の具で走り塗りしたような白い雲が平行に並んでいた。暖かい秋の陽は僕をそんな状態から救いだしてくれた。風が吹き、芝生を揺らし、木々を揺らし、僕の傍を通り抜け、跡形もなく消えて行った。

平和だった。

そのうち気分がだんだんと晴れてきて、体が軽くなった。近くのカフェでドーナツとコーヒーを頼んで食べた。なかなか悪くないドーナツだった。鞄から「ノルウェイの森」を取り出して、最後の20ページを読んだ。僕が初めてこの本を読んだのは、19歳の時だった。浪人していて、色々と悩むところがあり、この本を手に取った。僕はこれを2日で一気に読んだ。主人公のワタナベ君と悲劇のヒロイン直子、そしてお喋りな緑。突撃隊の話は僕を笑わせてくれた。とても勇気づけられたことを覚えている。生は死の対局にあるのではなく、生の一部として存在しているという言葉の意味はその時、よく分からなかった。しかし、今なら少しわかる気がする。読み終わると僕はもう一度、ぱらぱらとページを捲り、勇気づけられた一節を何度も何度も読んだ。

しっかりしないとな。

ノルウェイの森 文庫 全2巻 完結セット (講談社文庫)

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