ポール・オースター『オラクル・ナイト』

とにかく読むものがその時は欲しかった。仕事が終わり、電車の中で何か読み物はないかと思って鞄の中を探してみたけれど何もなかった。代わりのもの、その時は愛用しているiPod Classicも壊れてて右耳が聞こえなくなっていたし、イヤホンも忘れて映画も観れないし、電車の中で何もすることがなかった。

そんなこんなで新橋駅に入りLIBROに入ってポール・オースターの「オラクル・ナイト」を買った。

 

オラクル・ナイト (新潮文庫)

オラクル・ナイト (新潮文庫)

 

 

この小説は、ポール・オースターお得意の物語内物語、物語内物語の小物語と重層的に展開されていく。読んでいてついつい、この物語とこの物語の繋がりはなんだろうと考えてしまう。そして、底に流れる共通点を見出すと「ああ、これがポール・オースターの文学なんだ」とちょっと分かった気になる。全然、分かっちゃいないんだろうけども。でも、それでいいんだ、と思う。かたい頭をあーでもないこーでもないと考えるだけでも十分だ。

物語は、主人公のシドニーが病気から回復し、中国人が経営しているいかにも怪しい文房具店でポルトガル製のブルーノートを買うところから始まる。小説家であるシドニーは、そのブルーノートに物語を書き始める。シドニーの物語と、シドニーの書く物語内物語『オラクル・ナイト』がお互いに響き合う小説。まだ全てを読んだわけじゃないけれども、印象的なのは、物語内物語のガーゴイルの石像のシーン。物語内物語の主人公ニック・ボウエンが街を歩いていると空からガーゴイル像が落ちてきて、粉々になって砕け散るのを目にする。あと数センチ逸れていたら激突して死んでしまうという状況だった。ニックはそのことについて「俺はもう一回死んだんだ。だからもう一度生き直せる」と考え、飛行機に乗って失踪してしまう。妻を自宅に残して。

さすがに、失踪まではしないにしても「寸でのところで、命を救われた」というのはあるかもしれない。この本を読んでいて、僕はとある福島出身の友人の話を思い出した。それは、人々の救出作業にあたっていた消防車が、津波に巻き込まれてしまった話だった。あと数メートル高いところにいたら、その消防車は津波に巻き込まれずに救われたかもしれない。でも結果的には、その数メートルの差で人々の命が奪われてしまったのだ。友人の彼は「その境界線って一体、なんなんだろうな?」という疑問があの日以来、頭から離れられないそうだ。改めて、生きるか死ぬかは偶然によって左右されているのだときづかされる。生きるというのは、なんだか危ない橋の上を、ふらふらと渡っているようなものなのだな、と思えてくる。

じゃあ、そういう不確かな現在を生きている僕たちは一体、何を大切にして生きていけばいいのだろう。その答えは、この本の中に書かれている(と思う)。この小説から何を受け取るかは読者次第だけれど、僕は僕なりに、他の人は他の人なりに自分にとって大切な何かを掴み取れる作品なんだろうな、と思う。