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星野源『そして生活はつづく』

読書

 

そして生活はつづく (文春文庫)

そして生活はつづく (文春文庫)

 

  この本を読むと、星野源がいかにくだらないかってことがわかる。でも、そのくだらなさがまたいいのかもしれない。携帯料金滞納の話から始まるのも、星野源らしいっちゃらしい。とういうか、星野源がくだらないって思ってることは実は他の人にも結構、当てはまったりするんじゃないかと思う。

 例えば、僕はよくクレジットカードの支払いを忘れる。これはこれでどうかと思うんだけど、忘れてしまう。請求書の明細が我が家に届く。「まだ給料日まで日にちがあるからいいやー」と、テーブルの上に置いておく。給料が入る。「せっかく、お金がある状態なのに払うの嫌だなー。まだ日にちあるしいいや」と、テーブルの上に置いておく。翌月になり、「あれ俺ってクレジットカード払ったっけ?」と考える。で、テーブルの上に置いておいたはずの明細書を探すもどこにもない。そこで僕は「多分、払っているだろう」と考える(というか忘れてるのだ)。そうこうしていると、またクレジットカードの支払い明細書が届く。「あれ、これってもう支払ったんじゃなかったかな?」と思い始め、「もし払っていたとしたら、これでもう一回払うのは損だよなー」と思い、なかなか払うことができない。そこで、クレジット会社に電話をかけて「あの、先月の分の請求の件ですが、僕は支払いをもうすでに済ましているのでしょうか?」という馬鹿な質問をする。大抵は、払っていない。

 もう一つ共感したのが「はたらいたはつづく」の章だ。星野源はお腹が弱くて大変らしいことが描かれている。読んでいてすごくわかる。そう、僕もお腹が弱いのだ。どのくらい弱いかっていうと、高校生の頃、うんこを漏らしたくらいお腹が弱い。誰にも話したことはないけど、ここではこっそり書いてみる。高校のトイレで、小便をしていると、お腹がゴロゴロと鳴り始め、オナラが出そうだった。それでまあ、周りに誰もいなかったし勢いよくオナラをしたら中身も一緒に出てきてしまったというわけだ。「あ、やっちまった」と全身から血の気が引くのがわかった。うんこがパンツからはみ出し、内股をつたり、地面に落ちていった。困ったことに手洗い場は廊下にあった。「そんな、廊下で手を洗っていたらみんなにバレてしまう!」と僕はとっさに、ドアを開けて便器の水を流した。上から手洗い用の水がチロチロと流れるのを確認し、ズボンを脱いで、必死に洗った。あの時の切なさときたら、うんこを漏らしたものしかわからない。内股についたうんこはトイレットペーパーで洗った。「よかった....制服は黒くてわからないぞ」と思ったのもつかの間、シャツにもついていた。どんなに水で洗ってもシャツについた茶色シミは取れなかった。さらに困ったことに、うんこのついたパンツを隠す場所がない。どこにもない。ゴミ箱に捨てたら、誰かに見つかって、蜂の巣をつついたみたいに騒ぎになってしまう。4階から投げ捨てるか?いいや、だめだ。芝生の上にパンツがあったら、それこそ騒ぎになる。それに「あのパンツ、お前のじゃね?」と言われる可能性がなくもない。

 そこで授業開始のチャイムが鳴る。「しめた!」と僕は思った。もう少しここで待って、みんなが教室に入るのを待ち、静まり返った廊下をダッシュで走るのだ。次の時間、僕のクラスは視聴覚室に移動しており、誰もいないことを知っていた。トイレの便座の上で10分くらい待ち、意を決して外に出る。よし、廊下には誰もいない。教室に着く。教室にも誰もいない。お昼コンビニ弁当を買った時のビニール袋にうんこのついたパンツを突っ込み、匂いがしないようにきつく締める。そして、制汗剤をぶちまけて、教室を去る。

 僕はうんこのついた爆弾を教室に置く。誰も知らない。知っているのは僕だけだ。先生だって知らないし、仲の良い友達だって知らないし、隣に座っているちょっと好きだったあの子だって知らない。僕は、梶井基次郎が本の上にレモンを置いた時のあの快感を少し感じたりした。でも、教室に入るなり気分は一転する。「俺、臭くないだろうか?」とそのことばかりが頭をぐるぐると回る。しかも、僕はパンツを履いていない。ノーパンで授業を受けている。「次に漏らしたら、うんこを守るものはないぞ」と考え出すと緊張してきた。

 ふと僕は、シャツについた茶色いシミのことを思い出した。全身から汗が出てくる。顔が真っ青になる。さらにその日は視聴覚室で、出産に関するビデオを観ることになっていた。妊婦が歯を食いしばり、力んでいる姿が大画面に映し出されている。女性の股と股の間からは、これから生まれてくるであろう赤ちゃんの頭が見える。ああ、ああ、と僕は頭を抱えながら、教室に残したうんこのついたパンツと、シミのついた白いシャツと、ノーパンで授業を受けていることと、これから生まれてくる赤ちゃんに思いを馳せながら、消えていなくなりたい、と思った。

 それでも、生活はつづくのだ。というか、よく頑張ったオレ。と褒めてやりたいくらいだ。あの時の僕はうんこを漏らしたってことで負い目を感じていたし、絶望の最先端に立っていた。カフカだって逃げてたかもひれない。この本に書かれているように、どんなに絶望的な状況にあっても生活はつづいていくのだ。それも、死が僕を捉えるまでずっと。