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心が救われた2時間 沖田修一『キツツキと雨』

 僕の高校の修学旅行は、青森での農業体験だった。僕の一つ上の代まで沖縄で、綺麗な砂浜と海で、バナナボートに乗ったり、ビキニを見れたり、それはそれは楽しい修学旅行だったらしい。それとはうってかわって、僕の代は田舎の、周りに田んぼと森しかない泥臭いものだった。周りの友達はよく文句を言っていた。「どうして、お金払って農業なんかしなくちゃいけないんだよ」と。でも、僕は違った。めちゃくちゃに楽しかったのだ。

 朝の6時に起き、作業ズボンに履き替え、軽トラの荷台に乗る。これだけで僕の心はハッピーだった。都会の息苦しさに比べて、ここは、なんて広々としていて清々しいのだろう。僕はそう思った。作業場に着いてから、バケツ一杯に入ったニンニクの種を与えられ、10時間ひたすらに種を植えた。川に行って、川魚を取った。僕は農業体験をすることによって、自分の中の何かが広がったような気がした。

 僕は高校の頃、わりとしっかりした野球部に所属していた。監督も県内でトップクラスの監督だったし、日々の練習はとにかくキツかった。競争、競争、競争で、エラーしたらすぐに交代させられ、結果を残さなければ、すぐに怒られた。野球をやっていた2年と半年、勝つことだけを考えて生きてきた。裏を返せば、相手を負かすことばかり考えていたのだ。そんな環境下にいて、まず最初に身体に異変が起きた。「結果を出さなければ」という考えにプレッシャーを感じ、胃を悪くした。練習に行こうとすると、お腹が痛くなり、ふらふらするようになった。その次に精神面がおかしくなった。誰とも口を聞きたくなかったし、一人でいたいと思うようになった。

 そんな嫌な高校生活を忘れさせてくれたのが、青森の農業体験だった。たった二日間しかお世話にならなかったけど、とにかく幸福だった。競争もないし、結果を出さなくてもいい。嫌いな監督もいなければ、監督の言葉にすっかり洗脳されているメンバーにも合わなくて済んだ。高校生活のことはあまり覚えていない。でも、青森のあのひと時はよく覚えている。そして、暗くて胃を悪くしている僕に気さくに話しかけてくれたおじさんのことがとても懐かしい。

 話を映画にしよう。

 僕は、日本の映画ってまず観ない。でも、ひょんなことから『キツツキと雨』という映画を観てしまった。それも、たまたま読んでいた星野源の『働く男』という本に紹介されていて、エンディングは星野源が歌っているという(フィルムです)。見ないわけにはいかない。

 半ば、エンディング目当てで見たようなもので、あまり期待はしていなかった。第一、何の映画かもよくわからないし、何を伝えたいのかもよくわからない。監督も知らない。出てる俳優も役所広司小栗旬しかわからない。

 でも、そんな状態で映画を観始めた僕だったけれど、冒頭のシーンからどんどん引きずり込まれてしまった。物語は、田舎の小さな町で林業を職業としている岸克彦(役所広司)と、気弱で優柔不断な新人監督の田辺幸一(小栗旬)との交流を軸にしている。

 その交流を見ていて、僕はふと高校の頃にした農業体験のことを思い出した。田辺幸一が僕で、岸克彦が受け入れ農家のおじさん。印象的だったシーンは幾つもある。銭湯で二人が出会うシーン。夜道を軽トラで駅まで走るシーン。そして、二人が海苔を食べながら将棋を指すシーンだ。

 どれも見ていて、懐かしい、懐かしい、わかる、わかる、と思ってしまった。それは多分、僕もあの新人監督と同じようにその土地の人との交流を通して救われたことがあったからだ。この映画が観る人によって、どのような印象を与えるのかはわからない。世間の評価はコメディに分類されるらしい。でも、僕は違った。あの高校の頃の農業体験のような、日々の苦しい時間を忘れさせてくれるような、そんな映画だった。

 日本の映画も、悪くないですね。


映画『キツツキと雨』予告編