自分について語るときに自分の語ること(もうすぐ25歳)

 

    というわけで、僕のことを書いていこうと思う。誰も興味ないと思うけど、僕はただ自分のことを整理したいだけなのだ。では始める。

 小学生の頃は、野球をよくやった。肩が強かったので、ポジションはショートだった。三遊間の深いゴロを逆シングルで捕って、ランナーをアウトにするのが好きだった。運動神経は他の誰よりも良かった。でも勉強はできなかった。あまりにもできなさ過ぎて、赤ペン先生の通信教育の教材を半年以上溜め込んだことがある。その事について、母親は心の底から悩んでいた。その姿を見て、胸がとても締め付けられるような思いがしたものだ。母に対して、赤ペン先生に対して、申し訳ない日々を送っていた。でも、野球は好きだった。

 中学生の頃は、野球部兼陸上部だった。これまた肩が強かったのでショートに加えてピッチャーもやっていた。足も速かった。でも、忘れ物が多かった。学校に行く途中にお地蔵さんがあって、そこに鞄を置いて、自宅に走って取りに帰るということをよくしたものだ。それと、自分で言うのもなんだけど結構、モテた。でも、どれも長くは続かなかった。たぶん、僕に問題があったからだった。

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 高校生の頃、野球部だった。そこそこ強い高校で、ショートとサードをやっていた。甲子園に出るようなチームと試合もした。でも、高校2年生の秋に身体に異変が起きてストレス性胃腸炎に悩まされる日々を送るようになった。それが一要因として、暗くなりあまり喋らなくなった。そして全てが嫌になる。高校3年間のことはあまり思い出したくない。野球が嫌いになり、道具一式全てを捨てた。しばらく野球ができなくなった。また、大学受験をする精神状態ではなく、ろくに勉強もせず一校だけ受け、見事に落ちる。でも、このころ社会学にのめり込んだ。とても面白かった。

自由からの逃走 新版

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 そして浪人生活が始まる。赤ペン先生の悪夢再び。英語をアルファベットから始める(ABCDEFG......)。一般動詞とbe動詞の区別ができるようになる。とても嬉しかった。しかし、塾の先生が極右で、レイシストだった。僕はあちこち付き合わされた(デモに行かされたり、手伝いをさせられたり)。ディープな運動はしなかったけど、少しだけ心がダークサイドに落ちたことについて、今ではとても後悔している。歴史が僕を救ってくれるわけでも誇りを与えてくれるわけでもないのだ。僕は韓国人がとても良い人たちだってことを知ってるし、中国人もとても好きだ。ピース。

 この頃、マザーハウス社長の山口絵里子著『裸でも生きる』に深く感銘を受ける。「バングラデシュで途上国発のブランドを作る」とてもクールだ。マザーハウスの製品はどれも良く、鞄とキーケースは大切に使ってる。

裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記 (講談社BIZ)

裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記 (講談社BIZ)

 

  無事大学に合格。晴れて「語学」の大学に入った。とても謎だ。口が裂けても「英語をアルファベットから始めた」なんて誰にも言えなかった。でも実際にそうなのだ。『くもんの中学英文法』から始めたのだ。懐かしいなあ、これ。ちなみに『英語学習最強プログラム』が僕に英語勉強の指針を与えてくれました。どうもありがとう。そして、友達に教えて貰った英単語帳DUOもありがとう。とても役に立ちました。

くもんの中学英文法―中学1?3年 基礎から受験まで (スーパーステップ)

くもんの中学英文法―中学1?3年 基礎から受験まで (スーパーステップ)

 

 

〈具体的・効率的〉英語学習最強プログラム

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DUO 3.0

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 でも、大学一年の春。入学してすぐに僕はまたメンタル面をおかしくする。英語のクラス分けテストがあることを聞き胃腸炎を起こす(大学に入っても競争かあ〜。いやだなあ)。野球部だった頃の競争社会を思い出す。超新自由主義的な感じ。一方的な負け宣言をし、トイックの試験の答案全て1番に●を付け提出する。更に、どんどん内省的かつ暗くなり本を読み始める。週に3冊4冊は読んだ。そして神保町の古本屋街に暇を見つけては足を運ぶようになる。その結果、次の投稿に繋がった。

 

stone-ecology.hatenablog.com

 

 大学二年の冬。恋人ができる。自分とは釣り合わないくらいとても可愛かった。でも別れてしまった。

    読書のおかげもあってか大学から論文で賞を貰った。正直、あまり感動はしなかった。書き終わった後に、「たぶん、貰えるだろう」という根拠のない自信があった。むしろ、当然といったくらいの勢いだった。あの時の自分をぶん殴ってやりたい。無知で高慢でバカだった。

 詳しくは下記投稿を参照。

stone-ecology.hatenablog.com

 

 そして今。これからどうやって生きようか考えている。お金も貯まったし、仕事を辞めてどこかに行くのもありだ。でもなあ、山口絵里子の25歳と僕の25歳を比べると、がっかりしてしまうんだろうな。でも、しょうがない。僕はこれまでも、これからも僕のままだ。そうだ最後に、一言。

「人生って、そういうもんさ」

by カートヴォネガット