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深夜徘徊

大きく、誰もいない、夜の建物が好きだ。というと変な風に思われるかもしれないけど、昔からそれらが僕を惹きつけて仕方がない。一番好きなのは発電所で、無人(一見すると)の建物から夜の闇に黙々と白い煙を吐き出している姿は僕をノスタルジックにさせる。等間隔に建てられた赤と白の鉄塔が並び、電線がそれぞれを繋いでいる。赤く点滅するライトもとても好きだ。次に好きなのは倉庫。大きなシャッターがあり、その前には4トンから10トントラックが鎮座している。倉庫は、まばらな雑草と、錆びつつある網状のフェンスで囲まれている。何かがその中で密やかに行われており、冒険心がとてもくすぐられるような感じだ。埼玉(は結構、大きな倉庫がある。なぜなら土地が安いから)のとある夜の街を自転車で走った時は、「世界中誰もかれもがいなくなって、残ったのは唯一僕ひとり」なんていう考えが止まらなくなった。倉庫と倉庫の間にある人工的な森林公園のベンチに座ってぼーっとするのも好きだった。ベンチの前にはくねった道があって、両サイドには木が立ち並んでいる。灯の周りにはよくわからない虫が飛びまわっている。通りでは誰かが歩いていて、秘密の会合が開かれている。遠くの方では車やバイクやトラックが走る地響きが聞こえ、救急車のサイレンが耳の奥の方では鳴っている。空が音を吸い上げて、ぐるぐる回り始める。
深夜の無人の駅も素晴らしい。あらゆる灯りは点いているのに、誰もいない。バチバチと音を立てて、虫が光に群がっている。駅の外は真っ暗で、薄っすらと山の稜線が見える。誰も座らないベンチ。無音のスピーカー。二本のレール。レールが音を立てて震え始める。遠くの方から二つの光がこちらに迫ってくる。音はだんだん大きくなり轟音となり、二つの光の正体が明らかになる。不気味なコンテナを積んだ貨物列車が前を通り過ぎていく。再び、しんとする。駅を降りて、近くの海岸に向かう。波の音と高速を走る車の音だけが聞こえる。どこまでが自分の身体で、どこからが自分のではないのかがわからなくなる。手を伸ばしても見えないし、足を踏み出しても何も見えない。上が下になり、左が右になり、下が上になって、右が左になったりする。空と地面がひっくり返ったりもする。空にあるのは砂で、地面にあるのは雲になる。まったくの暗闇を歩いていると、自分が自分でなくなっていき、空気が薄くなり、手足の感覚がなくなっていく。頭が宙に浮かんで、足は底に沈んでいく。ふと、それまで忘れていた高速の車の音に気がつき、元の意識へと戻る。

夜というのは、そんなことが起こります。
でも最も不気味なのは、川崎の薄汚れた、歯が抜け、競馬に負けた、男たちが啜るラーメンの音ですね。