ブルース・ブラザーズと考えるための自由をぼくにください。

 金曜日

 仕事が終わった後、学生の頃の友達とスペイン料理を食べに行った。何を狂ったか僕はスペイン語を専攻していたわけだが、今覚えているのは「Quiero comer=ご飯食べたい」くらいしかない。これさえ覚えていれば仮にスペイン語圏に行ったとしても生きていける。他の言葉も一度は頭に入れてあるから、スペイン語のテキストを読めば思い出すかもしれない。だが、とても面倒だ。

 そこは、小洒落たバルで、天井は高く、店の灯りは暗い夕日のような橙。足の長いスツールと、丸台。カウンターにはグラスが逆さになってぶら下がり、ガラス張りの冷蔵庫には冷えたビールが入っている。壁にはめ込まれたテレビの画面にはバック・トゥ・ザ・ヒューチャーが映し出されている。ビフタネンによろしく。

 ぼくは那須高原の地ビールに、エビのアヒージョ、肉厚のロメインレタスに、イベリコ豚のベーコン、そして定番のパエリアを頼んだ。どの料理も美味しく、普段口にしているものとはまた違ったものを食べることができてよかった。「どうせ、お金なんて使い道がないんだ。だったら、人生における1日の夜くらい美味しい料理を自分に食わせてやってもいいじゃないか?」

 結局、僕はその友達と何を話したか忘れてしまった。でも、帰り際、ある言葉が僕に降りてくる。「一瞬の欲望の衝動で、一生の友をなくすわけにはいかない」

 

 土曜日

 朝起きて、部屋のカーテンを開けると外はどんより曇っていた。なんなら、少し雨が降っていたくらいだ。ビールと赤ワインがかすかに頭に残っている。タバコに火をつけて一本吸う。階段を降り、キッチンに入って冷蔵庫から冷えた緑茶を取り出して、コップに注ぎ、2杯飲む。シャワーを浴びる。その後、何を思ったか部屋の掃除を始める。

 散らかった洋服を畳み、あるべきところにあるべきものを置き、掃除機をかける。本棚に積もった埃をはたく。そしてもう一度、キッチンに入り緑茶を飲む。それから、服を着替えて街に出かける。まずやったのは銀行の口座からお金を下ろすことだった。10万円。そのうち3万がクレジットカードの支払いに消え、両親の仕送りに消え、タバコとコーヒにー少しばかり消え、新宿の夜に消えた。

 電車に乗り込む。椅子に腰掛けて、外の景色を眺める。左から右へと風景が過ぎていく。並走する車。無人の工場。巨大な仏像。駅に向かって歩く人々。丘の上を登る郵便局のバイク。団地の公園。川、山、その他多数の自然。外を眺めるのも飽き、少し眠る。起きると、さっきまで隣に座っていた女性はおらず、別の人が座っていた。一人、また一人と、車内の人々が乗っては降りていく。彼らのことについて僕は知らないし、また彼らも僕のことは知らない。一生、会うこともない人達。だが何らかの巡り合わせてたまたま同じ電車になった人達。ただそれだけのことだ。

 新宿に着き、友達と合流する。まずは安酒を飲む。立ち飲みで、ドラム缶の上に焼き鳥とビールとお新香が並ぶ。彼は軍人だった。筋肉によろしく。理由があって、彼とはもうかれこれ4年以上も会ってなかった。「昔を思い出したくなかったから」「高校時代の頃なんて、すっかり忘れてしまった。いや、忘れようと努めた」

 そして二軒目は日本酒を飲みに行く。焼き魚に、秋田の本庄、そして福島の風が吹く。本庄は、水のような透き通る味で、飲みやすく、すーっと身体に入っていく。化粧水のように身体に染み入っていくような、そんな日本酒だ。福島の風が吹くは、甘く、フルーティな味わいで、女性が好みそうだ。そんなこんなで店のサーバーとお話をする。「いい日本酒だろう?料理もうまい。」にこにこしながら、話は止まらない。

 

 「日本酒に呑まれても、人生には呑まれるな。」

 

 最後、ゴールデン街に足を運ぶ。店に入り、まずやったことは泥酔している客を起こすことからだった。椅子から足を下ろし、彼の腕を肩に回して、店の外に出した。

 「ああ、すまん。迷惑をかけた」と言い、そいつは夜に消えて行った。

 そして店に入り、ウィスキーのロックを頼んだ。入ってからわかったことだが、そこはスナックだった。やれやれ。75歳のおばちゃんが店を切り盛りしているどころか、お酒を飲んで酔っ払っている。

「明日、わたし旅行なの」

「どこに行かれるんですか」

「長野の方。明日、友達とバスに乗ってね。すごく楽しみ」

「いいですね。何時に出発ですか」

「朝の7時よ」

「今、夜の11時です」

「あら、そうなの。大丈夫、看板は消したから。あなた達が最後」

「それでは、いい旅を」

「ありがとう。またいらっしゃい。わたしが生きていたら」

 

 日曜日

 映画を観る。ブルースブラザーズ。考えるための自由をください。Please be free to think.

 


The Blues Brothers - Aretha Franklin