読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

遠のく列車の音と昔のこと

 郷愁なんて、ぼくがあと何十年と歳を重ねてから起こるものだと思っていた。でも、ここ最近なんだか何もかも懐かしく思えてならないのだ。昔の駅、昔のバスターミナル、昔の通り、それらは気づけば遠い過去にあって、ぼくの記憶の中の存在へとなってしまった。

 僕は時々、かつて走っていた東海道線113系のことを思い出す。オレンジと緑の二色が、駅のホームに入って来て、人々を乗せ、走り去っていく光景は今でも覚えている。よく晴れて、空が澄み渡っている時には、富士山をバックに走り来る113系を眺めることができた。歩道橋の上に登り、網目越しに眺めていた子どもの頃の自分が懐かしい。座席はダークグリーンで、少し硬い。椅子の上に反対向きに座り、車窓から流れていく風景に目をやったのを思い出す。

 もう一つは、寝台列車「さくら」だ。横浜駅から長崎駅まで寝台列車で帰省したこと覚えている。一部屋に二段ベッドが二つ備え付けられていて、シーツと枕と毛布が綺麗に畳まれて置かれている。小学3年生の時、佐賀出身の男の子と同じ部屋になった。その子は確か小学5年生くらいで、野球をやっていた。ぼくも野球をやっていたし、話は弾んだ。ぼくは専ら横浜ベイスターズの話しばかりをしていた。ローズ、鈴木尚典石井琢朗大魔神佐々木に金城。駒田もいた。トランプをしたり、ゲームボーイで遊んだりした。写真も一緒に撮ったけれど、その写真はどこかにいってしまった。彼は住所も電話番号も告げず最寄駅に来ると「ありがとうございました」と行って電車を降りた。ゆっくりと列車が走り出すと、ホームを歩く少年の姿がだんだんと小さくなっていく。もう二度とあえないであろう少年を残し列車は次の目的地へと向かう。少年から外の風景へと目を移す。車窓から広がる一面の田園風景の中に、家々がぽつりぽつりと立ち、空はどこまでも広く、山々はその稜線をくっきりと浮かび上がらせていた。そんな僕の知らない街にも人が住んでいて、そこに生活があるんだと思うと、胸が締め付けられた。そんな寝台列車も、ぼくの思い出を乗せたまま、その長い歴史の幕を静かに下ろした。ぼくばかりでなく、多くの人々の思い出をその列車はめいいっぱい抱えたまま、静かに死んでいったのだ。

 夜、部屋の窓を開けると遠くで列車の音が聞こえる。その音を聞くと、まだ、思い出の二つの列車が今も元気に走っているんじゃないかと思いたくなる。でももう、この現実の世界にはオレンジと緑の列車や寝台列車が人々を乗せて走ることはないのだ。列車の音が遠のいていく。と同時にぼくの記憶も静かに遠のいていく。