ポパイのガールズフレンド特集はなんだか恥ずかしい

雑誌ポパイが「ガールズフレンド」特集をやっていたのが目に入り、本屋でパラパラとページをめくり「なるほど世のシティガールとボーイはこんなデートをするのか」とうぐぐと喉を鳴らす。ぼくにも晴れて彼女ができたんだし、どこかに行こうかな、なんて考えて買ってみた。

POPEYE(ポパイ) 2017年 1月号 [ガールフレンド。]

POPEYE(ポパイ) 2017年 1月号 [ガールフレンド。]

色々なカップルが載っていて、色々なデートを提案してくれてはいるんだけども、なんだか読んでいるうちに恥ずかしくなってきた。「まあ、こんなキザなカップルみたいにではなくても、ごく普通に過ごそう」と思った。早速、彼女に「クリスマスどうする?」と聞く。彼女は何も言わない。「ケンタッキーとケーキを買ってお祝いしましょう」と返ってくる。(それまでは…どうするの?)と喉元まで言葉がでかかったが、ぎりぎりの所でお腹に押し込む。

自分で考えなくちゃならないのだ。

そういえば、この前ようやく「わたしを離さないで」という映画を観た。臓器移植の為だけに育てられた子どもたち。彼らの運命は既に決められていて、ある一定の年齢に達すると「提供」という名の臓器移植が始まる。とても救いようのない話しで、主人公たちの人生はあまりにも短い。でも、短いからこそその日その日を懸命に生きようとする姿勢に胸を打たれた。思えば、数千年前までは人間の寿命は30歳にも満たなかったのだ。というより現代でも30歳以下の国はある。そう思うと、この映画の非現実的な設定も現実的なものとして身に迫ってくる。

この映画のワンシーンで、断崖がでてきた(ような気がする)。そこでぼくは考える。どこか断崖のあるところまで行って海を眺めるのはどうだろうか、と。いや…寒いって断られちゃうかもな。とても、難しい。

でも、この映画の良いところは非現実的な設定ではあるものの観る人に「もしあなたの人生が30歳までであったなら、何をしますか?」というメッセージが身に染みて伝わってくること。彼らは自分の生というものを受け入れ、その日その日を懸命に生きる。懸命に、とは言っても何か特別なことをするわけではない。友達と遊んだり、恋人とデートをしたり、といったようなことだ。素朴な、なんでもない普通の生活を愛おしいくらいに、過ごしていく。

そうだな。僕も恋人と、ごく普通の生活を送り、細やかな幸福を見つけることとしよう。